International School 珍事件集2
- シャロウ(S.E.A塾長)
- 2019年11月19日
- 読了時間: 6分
こんにちは。
塾長のシャロウです。
最近はとみに風が強く、そして冷たくなりました。
これまでの台風一家が台風一過し、秋の空気でひんやり気持ち良いですね。
そして、すでに冬の空気が訪れ始めています。
塾生の皆さんにも風邪が横行しているようで、体調にはお気を付けください。
さて、せっかくですので(?)好評だったインターナショナルスクール時代の思い出を語りたいと思います。
私からすればこれもすべて10年前ぐらいの出来事なのですが、これまたよくどれも覚えています。
なかなか経験できない貴重な出来事ばかりでした。
ちょっとばかしクレイジーでしたけどね。
では、さっそく。
1.孤島調査事件集
社会科の授業を英語で[Social Studies]と言います。
私たちの学校では科目は大きく
【言語・数学・社会・科学・芸術・体育】と分けられており、
社会、科学、芸術から1つ、あるいは2つ選ばなければいけません。
例えば私は社会で地理と歴史の授業を取っていました。
何人かの友人は歴史と経済を取ったり、地理と経済を取ったりしていたのです。
地理の先生がこれまた厳しいイギリス人で、「英語が話せない」、「なんかよく指示を分かっていない」「名前も発音しにくい」の3重苦だった私を半分無視して授業してくれていました。
まぁこの先生とも半年ぐらいすると和解というか、
私のひたむきさに心打たれるのですが(笑)
その地理の授業では(私は当時ぎりぎりまで知らなかったのですが)
いわゆるField Trip,遠足がありました。
まぁたこれが何も説明を受けていないため、こっちは何が何やらです。
1週間前ぐらいにプリントで「3泊4日の旅行」「ほぼ無人島」「地理で学んだ知識を使った調査」とかふざけたことが書いてあるんですよ。
忘れもしない "Perhentian Island"という場所です。
グーグルで調べたらまだありました(そりゃそうだろ)。
しかしながら、先ほど画像検索したら、全然違いました。こんなリゾートチックじゃない!
もっとボロボロ感あふれるところでした。
ペナン島(私の住んでいたところ)からその島まではものすごい距離であり、マレーシア本島を横断せねばならないほど遠いのです。
よくわからないまま、バスに揺られ本土へ行き、そこから船に揺られ合計半日…
やっとこさ島につきました!
生徒数名ずつでバンガローのようなところに泊り、地獄の3日間の始まりを感じるのでした。
近くのバンガローに泊っていたピーター君は「お湯が出ない、ふざけんな!」と怒っていました。
僕のところは3分出しっぱなしにしていたらやっとお湯が出ました。
第1の事件【滑落】
地理の調査と言っても、どうせ子どものだから・・・
と思うかもしれませんが、そうはどっこい問屋が卸しません。
山中の傾斜角度を測り、地層やら何やらを研究する課題が1つあり、
実際に測量?に行ったのですが、角度がおかしい。
普通に足を踏み外せばあの世行き間違いなしの傾斜とごつごつした岩肌でした。
なんとか木につかまりながら、ゆっくり登っていきますが、雨季のためいつスコールが降ってくるかも分からないし、
苔がむした岩肌のおかげでトゥルトゥルで、最悪でした。
基本的にツーマンセルで行い、一方が高いところから相方にロープを渡し、角度を測るというものなのですが、
まぁこれがあぶなっかしい。僕らは別にそういう技術を学んだわけではなく、あるのは最低限の知識だけです。
何度か僕も滑って木に激突しかけました。幸い頭を打ってないので、未だ健在なわけですが。
ある意味恐ろしいことに死者は誰も出なかったのでよかったです。
他にもトレッキング(お楽しみ)で死にかけたり、満潮時で海が侵食してきているところをずぶぬれで渡ったり、スコールが横殴りしてきたりと自然の歓迎を手痛く受けました。
そりゃもう楽しかったです!
二度と行きたくありませんが。
第2の事件【盗難事件、友との絆】
これはね、先に言っておきますと現地の宿泊施設のスタッフが間違いなく犯人です。
食堂があるのですが、昼食のときにきっとスラれたのか、僕がバカなので落としたのか、
ともかく財布を盗られてしまったのです。
幸いにも、遠足用の財布でお金以外は何も入れてなかったので、そんなに問題はありませんでした。
しかしながら、微妙なところでお金とは必要なもので、食堂でのデザートを頼んだり、
帰りのバスで寄る店(お菓子とジュースぐらいしかありませんが)で何か買うためにはある程度必要なのでした。
わけのわからんほぼ無人島で財布をすられる…うーん…なかなか経験できません。
とりあえず友人に相談することにしました。
私「どうやら財布を盗まれたっぽい」
友ABCDEぐらい「まじかよ!!どこで!!」
私「多分、食堂?」
友「探しに行くぞ!!」
と、僕より行動力のある皆さんのおかげで店員やほかの生徒に聞き込みなどしてくれました。
本当にありがたい友人たちです。
残念ながら目撃情報一切なく、財布も露と消えてしまったのですが、不思議とそこまで悲しくありませんでした(入っていたお金も3000円そこらだったので)。
しかし、さらなる驚きが訪れます。
その日の夜のことでした。
友「ダイスケ」
改まって僕をみんなが呼びました。
私「今日はありがとう、みんな・・・あの」
友「これ、募金で集めてきたからお前のだ」
そういって友達は僕に数千円相当のお金をくれました。
話を聞くと、どうやら友達数人で生徒全員に僕の事情を話してくれたらしく、
少しずつお金を募金するように掛け合ってくれたのです。
本当にこのときほど友人を持つことのありがたみを感じたことはありませんでした。
まだこのとき僕と彼らの付き合いは、わずか数か月でした。
それでも彼らは僕のためにわざわざ疲れている身体を使って動いてくれていたのでした。
僕はこのときからいわゆる「恵まれない人」「不幸にあった人」について「かわいそう」と言うことをやめました。
そんなことを言うぐらいなら、自分で動いて何かをしようと思いました。
彼らとの出会いが僕の人間性を大きく高めてくれたのだな、と今になっても思います。
ありがとう、みんな!!
そして時がたち、2年後、僕らは前よりもちろん仲良しで悪口もよく言い合いました。
私「そういえば、あの地理の遠足覚えてるか?」
友「おぉ、あの地獄な、あれはアカンわ」
私「うん、でもお前らがあのとき財布を無くした俺にああしてくれたことはすげぇ良い思い出だよ」
友「・・・そんなんあったっけ」
私「あったよ」
友「あぁ!『おい、みんな!間抜けなダイスケが財布なくしたってよ!かわいそうだから1RM(30円ぐらい)でも恵んでやろうぜ!!』とか何とか言ってお金集めたんだったな」
私「・・・」
どうやら話を深く聞くと、他の生徒たちが賭けポーカーか何かをしていたところに殴り込んで、
賭け金などをその説得でちょろまかしてきたっぽいです。
大半は多分、生徒たちからの募金なのでしょうが…
そんな裏話、聞かなきゃよかった、と今思う私でした。
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